ここ2〜3年ほど「今後の人生のために仕事をガラッと変えてみたい」という願望がふつふつと肥大しつつあり、色んなファクターを順列組み合わせして様々な可能性に思いを巡らせていた。
今夏までは「神楽坂の『東京すしアカデミー』に通って寿司職人となり、海外でケータリング寿司屋を始める」というプランが最有力候補だったのだけれど、周囲の知人のほぼ全員に「人付き合いが苦手で喧嘩っ早いからヤメたほうが良い」と翻意を促されたし、冷静になって自分を省みると生臭いモノが苦手な上にそもそも料理の経験がほとんど無いのでおとなしく諦めた。
そこに現れたのがドローンだった。
ドローンなら空撮でしょ。だったら映像編集でしょ。ということでPhotoshopCS6からAdobeCCにやっとアップデート。初めて使ったけどLightRoomって便利だねぇ。そして「かすみの除去」がマジックだねぇ。でもセンサーの汚れが目立つねぇ。。サービスセンターに行かねば。
話を「なぜ今後の人生のために仕事をガラッと変えて」みたくなったかに戻す。
今の仕事は自分が選んだというか、やりたくないことを極力排除して組み立てたビジネスモデルなので、日々の仕事に嫌気が差しているということではない。まぁたまには「なんでこんな仕事を受けちゃったんだろうなぁ」と思うようなプロジェクトもあるけれど。
その一方で、時代の変化(僕が今やっている仕事の場合は「メディアの変化」とも言える)や進化(AIかな)のうねりの中で「今の仕事が果たしていつまで続けられるのだろう?」という疑問や「50代から新しい仕事を始められるのだろうか?」という漠然とした不安は、靴の中に入った小石のようにいつも意識の片隅にはある。
そうした不安や疑問に拍車をかけるのが、「自分の年齢が(社会人として)仕事を始めてからリタイアするまでのちょうど中間地点に差し掛かっている」という現実だ。その分水嶺を越えてから後半の人生をうまく下山するために、「今までとはガラッと違うテクニックと基礎体力を備えねばならない」という半ば強迫観念にも似た焦燥感に苛まれていたことと、今からならまだ「今までとは違う(第2の)人生を送るチャンスが残っているのではないか?」という根拠のない希望に、強く背中を押されていた。
僕が今から努力をして「他人に発注せずに個人(フリーランス)でできる仕事とはなにか?」を見つけるために、順列組み合わせをひたすら繰り返して寿司職人に辿り着いたのは、和食の世界的な人気と、店舗を構えずにケータリング専門とすることで廃棄ロスと人件費と地代からフリーになるビジネスモデルが魅力だったのだが、前述の通りすっかり諦めた。
次のアイディア探しに取り掛かった時に真っ先にリサーチしたのがドローンだった。
その理由を列記する。
・世界的なドローンビジネスの勃興
「空の産業革命」と呼ばれるほど、様々なセクター(空撮、物流、インフラ点検、災害対応、レースなどのエンタメetc.)での活躍が期待されている。この状況は80年代のパソコン、90年代のインターネット、00年代のスマホ(アプリ)に似ていて、早く始めれば先行者メリットを享受できるのは過去の教訓でもあり、それらを横目で見ながら全くそのブームに(ビジネスで)乗れなかった自分にとっては悔恨でもある。
次こそはその波に乗りたい。
・既存事業とのシナジー効果
僕が携わるコンテンツ制作事業において写真と印刷は斜陽産業だが、映像コンテンツはこれからの成長が期待できる分野であり、ドローンによる空撮は今まで培ったネットワークや知識とすぐにでもコネクトできるし、周囲を見回してもドローンに着手している者が少ない。
ブルー・オーシャンのうちに飛び込みたい。
・自分の趣味の全部のせ
これは個人的な要因だが、僕が大学を卒業する年に1社だけ就職試験を受けた会社があって、それがANAの自社養成パイロットだった。事前になんの勉強もせずに受けたのだが、4次試験まで進み、羽田の訓練センターで大型のシミュレータに乗せてもらったことがある。そして試験には落ちた。
そこから飛行機の世界に興味が湧き始め(遅すぎる)、パソコンでマイクロソフトフライトシミュレータを使って操縦の勉強をしていた。いつかは本物のヒコーキ野郎になりたいという夢を抱きつつ。
またドローンは「空飛ぶスマホ」とも呼ばれるほど、内蔵しているセンサーやプロセッサ類はスマホに酷似している。バイクもクルマもせっせと改造し、パソコンを組み立て、毎年スマホを買うほどのガジェット/メカ好きな僕にはこのテクノロジーの塊を見逃す理由はない。
そしてカメラと写真にどっぷりハマっている僕にとっては、手持ちでは得られない視点を与えてくれる空撮に興味があるのは当然だ。
つまり「ヒコーキ野郎+メカ(の操作)+カメラ=ドローン」であるわけで。
好きなものに没頭できる仕事、そしてそれが新たな時代を創る事業であるならば、新たなキャリアのパートナーとして悪くない。全然悪くない。
「自分で操縦して空撮するのではなく、得意な人を探してマネジメントすれば良いのでは?それより周辺ビジネスに着手するほうが事業としては拡大しやすいのでは?」だってゴールドラッシュで最も成功したのは、泥にまみれて金を探した者ではなく、彼らにジーンズを提供したリーバイスっていうじゃないか。
「事業として始めるのならば、もっとビジネス環境が整ってから、つまり他社のトライ・アンド・エラーを横目に見つつリスクを減らせば良いんじゃないの?」
・・・という選択肢はもちろん考えた。
でも、自分にできない事業をヒトに任せることほどリスクの高いことはない。自分の思う通りに努力をしてくれるヒトなんてそうそういないし、せっかく育ててもそのヒトに会社を辞められたら全てがパーになるのだ。今までも自分の会社では経営に専念して実務をヒトに期待したことで何度か手痛い目にも遭ってきたし、何よりも後半の人生は「自分が楽しめる仕事だけを選びたい」という強い思いがあったので、自分がマネージャーではなくプレイヤーになることに迷いはなかった。
途中でプレイヤーからマネージャー業へとシフトすることがあるかもしれないが(多分に考えられる)、まだ参入者が少ない時期に目立って名を売る先行者メリットは計り知れない。
できるだ素早く、フィジカルに行動すべきなのだ。
やると決めたら行動は早い。一週間ほどリサーチしてすぐに何社(校)かの学校見学に申し込んで、即レスがあったスクールに足を運んで話をし、翌日には申し込んだ。
僕が通い始めた頃は開校間がないこともあって、授業に2~3人だけしかいないこともよくあったが、1ヶ月を過ぎた頃には人数が増え始めていた。ざっと見た感じ、40代以上のオジサンが多い印象。学費もそこそこ高いし、ドローンでビジネスを始めるのであれば、クルマも含めて機材投資がかさむので、若者が気軽に始めるにはちょっと厳しいのだろう。
また僕のように空撮することを目指して学びに来ている人が多いと想像していたが、建設(インフラ)系、IT系、住宅系の会社の経営層が多く、今後のドローンビジネスの拡がりを予感させたし、普段はなかなか会うことのないジャンルの人達に出会えたことも刺激になった。
JUIDAの検定試験の基準はかなり大雑把なものらしく、聞くところによると屋外でドローンを直線で往復できれば「はい合格」といういい加減な学校もあるそうだが、僕が選んだスクールの試験はかなり難しいコースを設定している。ノーズインサークルで時計回りと逆回転、なんてのもあるぐらいで。
しかし平日の夜や土日も通えたことや、授業以外に自主練習を何度も繰り返せたお陰で、僕は2ヶ月弱でJUIDAの学科と実技の試験をパスすることができた。
ただし、JUIDAの認定証をゲットしたとは言え公的な資格ではなく民間団体のものなので(ソムリエ検定みたいなもの)、「この認定証があるからどこでもドローンを飛ばせる」というような特権が発生するわけではない。が、今のところJUIDAが他の団体より圧倒的に大きな組織だし、ソムリエ検定に受かっていると飲食店を開業する際に銀行が融資が有利になるという話も聞くので、第三者が「ドローンの安全運行ができるか否か」を判別するには、ある程度有効な“お墨付き”にはなるのではないだろうか。
また12月10日付けの日経新聞で、2015年12月の改正航空法の施行で国土交通省の飛行許可・承認件数は1年間で約1万件に上ったことや、「今後は一定の基準を満たす民間団体の講習会を受講した場合に、審査を簡素化する措置を取る計画」という記事も出ていたので、来年あたりからJUIDAの認定証を持つ者に何かしらオフィシャルな恩恵があるのではないかと思う(願う)。
ちなみにここに掲載している写真は、山梨県で行われている校外学習の時のもの。
僕は2回行ったが、いつも晴れていて富士山が素晴らしく美しく見えた。
いつもの教室とは違って天井もなく敷地も広大なので、Phantom2を思いっきり高く遠く飛ばすことができ、爽快であるとともに電波ロスト時や強風によるフライアウェイなどの緊急時操作も学ぶことができて非常に有意義だった。こういうことって、本を読んでいても身に付かないからね。
というわけで、晴れてJUIDAの認定証を添付して国交省に申請できるようになった。
でもやっとスタートラインに立っただけなんだよね。
これからたっぷりと練習をして、早くドローンで仕事をしたい。
そのために、いつでも飛ばせる環境を構築せねば。。
今夏までは「神楽坂の『東京すしアカデミー』に通って寿司職人となり、海外でケータリング寿司屋を始める」というプランが最有力候補だったのだけれど、周囲の知人のほぼ全員に「人付き合いが苦手で喧嘩っ早いからヤメたほうが良い」と翻意を促されたし、冷静になって自分を省みると生臭いモノが苦手な上にそもそも料理の経験がほとんど無いのでおとなしく諦めた。
そこに現れたのがドローンだった。
ドローンなら空撮でしょ。だったら映像編集でしょ。ということでPhotoshopCS6からAdobeCCにやっとアップデート。初めて使ったけどLightRoomって便利だねぇ。そして「かすみの除去」がマジックだねぇ。でもセンサーの汚れが目立つねぇ。。サービスセンターに行かねば。
話を「なぜ今後の人生のために仕事をガラッと変えて」みたくなったかに戻す。
今の仕事は自分が選んだというか、やりたくないことを極力排除して組み立てたビジネスモデルなので、日々の仕事に嫌気が差しているということではない。まぁたまには「なんでこんな仕事を受けちゃったんだろうなぁ」と思うようなプロジェクトもあるけれど。
その一方で、時代の変化(僕が今やっている仕事の場合は「メディアの変化」とも言える)や進化(AIかな)のうねりの中で「今の仕事が果たしていつまで続けられるのだろう?」という疑問や「50代から新しい仕事を始められるのだろうか?」という漠然とした不安は、靴の中に入った小石のようにいつも意識の片隅にはある。
そうした不安や疑問に拍車をかけるのが、「自分の年齢が(社会人として)仕事を始めてからリタイアするまでのちょうど中間地点に差し掛かっている」という現実だ。その分水嶺を越えてから後半の人生をうまく下山するために、「今までとはガラッと違うテクニックと基礎体力を備えねばならない」という半ば強迫観念にも似た焦燥感に苛まれていたことと、今からならまだ「今までとは違う(第2の)人生を送るチャンスが残っているのではないか?」という根拠のない希望に、強く背中を押されていた。
僕が今から努力をして「他人に発注せずに個人(フリーランス)でできる仕事とはなにか?」を見つけるために、順列組み合わせをひたすら繰り返して寿司職人に辿り着いたのは、和食の世界的な人気と、店舗を構えずにケータリング専門とすることで廃棄ロスと人件費と地代からフリーになるビジネスモデルが魅力だったのだが、前述の通りすっかり諦めた。
次のアイディア探しに取り掛かった時に真っ先にリサーチしたのがドローンだった。
その理由を列記する。
・世界的なドローンビジネスの勃興
「空の産業革命」と呼ばれるほど、様々なセクター(空撮、物流、インフラ点検、災害対応、レースなどのエンタメetc.)での活躍が期待されている。この状況は80年代のパソコン、90年代のインターネット、00年代のスマホ(アプリ)に似ていて、早く始めれば先行者メリットを享受できるのは過去の教訓でもあり、それらを横目で見ながら全くそのブームに(ビジネスで)乗れなかった自分にとっては悔恨でもある。
次こそはその波に乗りたい。
・既存事業とのシナジー効果
僕が携わるコンテンツ制作事業において写真と印刷は斜陽産業だが、映像コンテンツはこれからの成長が期待できる分野であり、ドローンによる空撮は今まで培ったネットワークや知識とすぐにでもコネクトできるし、周囲を見回してもドローンに着手している者が少ない。
ブルー・オーシャンのうちに飛び込みたい。
・自分の趣味の全部のせ
これは個人的な要因だが、僕が大学を卒業する年に1社だけ就職試験を受けた会社があって、それがANAの自社養成パイロットだった。事前になんの勉強もせずに受けたのだが、4次試験まで進み、羽田の訓練センターで大型のシミュレータに乗せてもらったことがある。そして試験には落ちた。
そこから飛行機の世界に興味が湧き始め(遅すぎる)、パソコンでマイクロソフトフライトシミュレータを使って操縦の勉強をしていた。いつかは本物のヒコーキ野郎になりたいという夢を抱きつつ。
またドローンは「空飛ぶスマホ」とも呼ばれるほど、内蔵しているセンサーやプロセッサ類はスマホに酷似している。バイクもクルマもせっせと改造し、パソコンを組み立て、毎年スマホを買うほどのガジェット/メカ好きな僕にはこのテクノロジーの塊を見逃す理由はない。
そしてカメラと写真にどっぷりハマっている僕にとっては、手持ちでは得られない視点を与えてくれる空撮に興味があるのは当然だ。
つまり「ヒコーキ野郎+メカ(の操作)+カメラ=ドローン」であるわけで。
好きなものに没頭できる仕事、そしてそれが新たな時代を創る事業であるならば、新たなキャリアのパートナーとして悪くない。全然悪くない。
「自分で操縦して空撮するのではなく、得意な人を探してマネジメントすれば良いのでは?それより周辺ビジネスに着手するほうが事業としては拡大しやすいのでは?」だってゴールドラッシュで最も成功したのは、泥にまみれて金を探した者ではなく、彼らにジーンズを提供したリーバイスっていうじゃないか。
「事業として始めるのならば、もっとビジネス環境が整ってから、つまり他社のトライ・アンド・エラーを横目に見つつリスクを減らせば良いんじゃないの?」
・・・という選択肢はもちろん考えた。
でも、自分にできない事業をヒトに任せることほどリスクの高いことはない。自分の思う通りに努力をしてくれるヒトなんてそうそういないし、せっかく育ててもそのヒトに会社を辞められたら全てがパーになるのだ。今までも自分の会社では経営に専念して実務をヒトに期待したことで何度か手痛い目にも遭ってきたし、何よりも後半の人生は「自分が楽しめる仕事だけを選びたい」という強い思いがあったので、自分がマネージャーではなくプレイヤーになることに迷いはなかった。
途中でプレイヤーからマネージャー業へとシフトすることがあるかもしれないが(多分に考えられる)、まだ参入者が少ない時期に目立って名を売る先行者メリットは計り知れない。
できるだ素早く、フィジカルに行動すべきなのだ。
やると決めたら行動は早い。一週間ほどリサーチしてすぐに何社(校)かの学校見学に申し込んで、即レスがあったスクールに足を運んで話をし、翌日には申し込んだ。
僕が通い始めた頃は開校間がないこともあって、授業に2~3人だけしかいないこともよくあったが、1ヶ月を過ぎた頃には人数が増え始めていた。ざっと見た感じ、40代以上のオジサンが多い印象。学費もそこそこ高いし、ドローンでビジネスを始めるのであれば、クルマも含めて機材投資がかさむので、若者が気軽に始めるにはちょっと厳しいのだろう。
また僕のように空撮することを目指して学びに来ている人が多いと想像していたが、建設(インフラ)系、IT系、住宅系の会社の経営層が多く、今後のドローンビジネスの拡がりを予感させたし、普段はなかなか会うことのないジャンルの人達に出会えたことも刺激になった。
JUIDAの検定試験の基準はかなり大雑把なものらしく、聞くところによると屋外でドローンを直線で往復できれば「はい合格」といういい加減な学校もあるそうだが、僕が選んだスクールの試験はかなり難しいコースを設定している。ノーズインサークルで時計回りと逆回転、なんてのもあるぐらいで。
しかし平日の夜や土日も通えたことや、授業以外に自主練習を何度も繰り返せたお陰で、僕は2ヶ月弱でJUIDAの学科と実技の試験をパスすることができた。
ただし、JUIDAの認定証をゲットしたとは言え公的な資格ではなく民間団体のものなので(ソムリエ検定みたいなもの)、「この認定証があるからどこでもドローンを飛ばせる」というような特権が発生するわけではない。が、今のところJUIDAが他の団体より圧倒的に大きな組織だし、ソムリエ検定に受かっていると飲食店を開業する際に銀行が融資が有利になるという話も聞くので、第三者が「ドローンの安全運行ができるか否か」を判別するには、ある程度有効な“お墨付き”にはなるのではないだろうか。
また12月10日付けの日経新聞で、2015年12月の改正航空法の施行で国土交通省の飛行許可・承認件数は1年間で約1万件に上ったことや、「今後は一定の基準を満たす民間団体の講習会を受講した場合に、審査を簡素化する措置を取る計画」という記事も出ていたので、来年あたりからJUIDAの認定証を持つ者に何かしらオフィシャルな恩恵があるのではないかと思う(願う)。
ちなみにここに掲載している写真は、山梨県で行われている校外学習の時のもの。
僕は2回行ったが、いつも晴れていて富士山が素晴らしく美しく見えた。
いつもの教室とは違って天井もなく敷地も広大なので、Phantom2を思いっきり高く遠く飛ばすことができ、爽快であるとともに電波ロスト時や強風によるフライアウェイなどの緊急時操作も学ぶことができて非常に有意義だった。こういうことって、本を読んでいても身に付かないからね。
というわけで、晴れてJUIDAの認定証を添付して国交省に申請できるようになった。
でもやっとスタートラインに立っただけなんだよね。
これからたっぷりと練習をして、早くドローンで仕事をしたい。
そのために、いつでも飛ばせる環境を構築せねば。。